学ぶということ

学ぶということ

皆さん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか? 今年は(今年もと言うべきでしょうか)「ステイホーム」ということで、結構時間を持て余してしまった方も多いのではないでしょうか。

こんな風に時間もいっぱいあって、英語の勉強のチャンス!と期待していたのに、いざ始めてみたら今ひとつ身が入らない、集中できない、気がついたら寝ていた…などなど、反省しても後の祭りということが私の場合よくあります。今年のゴールデンウィークもまたしかり。

これって前にもあった気がする、そうだ!学生時代がまさにこんな日の連続だった、と記憶がよみがえります。中間・期末テストの直前一週間や受験の数か月前になるとお尻に火がつくので、「やらなきゃ」と気合が入り、こんなことならもっと前からちゃんとやっておけばよかったとそのときは反省します。

しかし、喉元過ぎれば熱さを忘れ、試験が終わってしまうと、次の試験が来るまで、「やる気がでないな~」と後ろめたくは思いながらも、たいして何もせずダラダラしてしまう。そんな状態の繰り返しでした。

人間って時間がない時の方が、切羽詰まった時の方が、集中してギュッと濃密な時間を持てるのではないかと、それは今もそう思います。

先日、NHK EテレのハートネットTVの「文字の獲得は光の獲得でした ~両目と両手を失って~」という番組を観ました。
NHKは、「障害福祉賞」という障害のある人や、ともに歩む人が書いた手記を募るコンクールを開催していて、この30分の番組では、2002年に最優秀賞に選ばれた藤野高明さんという人が取り上げられていました。

ここからNHK福祉情報サイトより抜粋 
https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/507/
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「文字の獲得は光の獲得でした」
この一文を記したのは、2002年に最優秀に選ばれた、藤野高明さんです。1938年、福岡に生まれた藤野さんは1946年、小学校2年の時、不発弾の爆発により両目と両手を奪われ、10年以上にわたって文字のない生活を送りました。指がなければ点字を読むこともできないと、盲学校に入ることも許されませんでした。教育委員会からは「就学免除」と言われました。本人は勉強したくて仕方がないのに、「勉強しなくていい」と言われたのです。その後も盲学校や職業補導所に「学びたい」と何度も言いに行くのですが、そのたびに、かなわない夢を捨てて現実を受け入れ、施設でおとなしく暮らすように諭されることが続いていたそうです。
そんな中で藤野さんは19歳の時、ふとしたことから、唇や舌で点字を読む人たちがいることを知り、自ら試してみたそうです。点字を刻んだ紙が、最初は単なるザラザラとしか感じられなかったのが、何日も練習するうちに、その中から文字が浮かびあがってくる。まさに文字を獲得したように思った、その喜びを表した言葉でした。
(抜粋ここまで)
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藤野さんはその後困難を乗り越えて教師になられます。
13年間という長きにわたって学びたくても学べない状態に置かれたあと、点字によって文字を獲得したとき、それを「光」と表現するほどの気持ちになった、新しい世界が自分の前に開かれていく、どれほど嬉しかったことでしょうか。

この番組を観て、「学びたい」という純粋な気持ち、知らないことを知って嬉しいと思い、もっと知りたいと思う、そんな気持ちを自分が忘れていたことに気がつきました。
何かのために、誰かのために、義務感に駆られて勉強するのではない、「新しい知識を得て、違う世界を知ることができて楽しい」とそんな風にシンプルに喜べる気持ちを持ちたいと思いました。さあ、今日から仕切り直しだ。新たな気持ちで頑張ろうっと。

小宗睦美