たかが座席、されど座席
先日、4日間の講座に参加してきました。今回は自分が講義する側ではなく、講義を受ける側での参加でした。毎日、朝から夕方近くまで対面で講義があり、ときにグループで話し合いをしたり、発表をしたり。英語とはまったく違う世界の講座だったので、私にとっては初めてのことばかり。参加者のバックグラウンドも年齢もさまざまだったので、面白い発見がいろいろありました。その中で今回取り上げたいのは教室の座席についてです。
講座を受講するとき、初めて教室に入ったとき、皆さんはどの席を選びますか?
大学生のときの私は間違いなく後ろの端の席を選んでいました。これは友達と多少喋っていても、寝ていても目立たないだろうという不埒な動機が働いた上での選択でした。
イギリスの大学院に留学していたときは、最前列に座ってひたすら先生の話しを聴くことに集中していた記憶があります。
社会人になり、通訳養成講座に通っていたときは、いつも最前列から2番目あたり。一番前で先生と近すぎるのは緊張するから避けたいけれど、しっかり先生の話しを聞いておきたい、そしてさりげなく自己アピールしておきたい、そんな気持ちがあったように記憶しています。
さて、今回はと言うと、自由席だったので到着順に好きな席に座ったのですが、早く到着する人はやはりやる気に溢れるのか、一番前の真ん中の席から埋まっていました。私はと言えば、やる気満々ではありましたが、少し出遅れて左側の最前列。
教室に入った瞬間に、「おっ!真ん中の前はすでに先客あり。じゃあ、次の席は、真ん中二列目か、それとも左右の席の最前列か。うーん、入口から離れて窓に近い席の方が寒くない、眺めもよさそう、先生との距離も近いから、質問があったら聞きやすそう」と、時間はわずか数秒だったとは思いますが、頭の中でそんな考えが浮かんできたのを覚えています。そして結局、黒板に向かって左の最前列に座ることにしたのです。
席を決めるというそんな単純な作業でも、今、文字にしてみると、人間の脳って一瞬のうちにいろいろな要因を分析して判断を下しているものですね。今回は受講生同士が初対面だったので、人間関係を考慮して席を選ぶ必要はありませんでしたが、長い期間同じメンバーで授業を受けるとなると、また別の要因が席決めの大きなポイントになりそうです。
講師として前に立って受講生を見る側、そして受講生として講師を見る側。両方を経験してみると、面白い気付きがいろいろあります。
以前、教えていた講座で、非常に目立つ人がいました。「先生、見ていますよ~。私も見てね~」とアピール力が半端ない。もちろん、声を出してアピールするわけではないのですが、こちらが視線の強さに負けて思わず目を逸らせてしまうぐらいの熱量が感じられ、ついついそちらを見てしまう。ただ、こちらもその人を見てしまうと、二人でじっと見つめ合ってしまうので、途中からはなるべく見ないようにしました(笑)。
それだけのアピール力があるのはどんな人かと言うと、とにかく頷きや笑顔などリアクションの大きさが尋常ではない(良い意味で)ということに尽きるかと思います。
そのときに、その人がどのあたりの席に座っていたかと言うと、真ん中だったと記憶しています。もちろん、それだけアピール力があればどこにいても目立つでしょうが、講師にとって一番目に入るのは前の席ではなく、真ん中あたりなのですね。
一方、講師としてとても目力の強かった先生のことも印象に残っています。研修講師養成講座の先生だったのですが、その先生の講座では「いつも見られているな」と緊張していました。決して怖い先生ではなかったのですが、ひとりひとりをこの先生はちゃんと見ている、だからこちらもちゃんと意識を向けておかねば、と思った記憶があります。
その先生に教えてもらったのですが、漠然と全員を眺めるのではなく、「一人ずつ、数秒目を止めて、S字型に後ろから前へと視線を動かしていく」のがコツだそう。そうすることで、「先生が私に意識を向けている」という印象を受講者に与えることができるとのことでした。
その時の研修では実際にS字型に視線を動かす練習もしたのですが、話しをしながら「後ろの端の人に視線を向ける→視線を数秒止める→次の人に視線を向ける」という作業自体が実はとても難しいことだということもわかりました。
たかが座席、されど座席。教室でなにげなく選んでいる席でもいろいろな戦術戦略が働いているのかもしれませんね。
(小宗 睦美)